このお話は、数あるタイムスリップ体験の中で最も有名なものといわれています。上の画像は、このお話の舞台となった、小トリアノン宮殿の庭園です。


これは1901年8月の暑い日にフランスで起こったできごとです。

二人のイギリスの婦人がフランスに休暇旅行に出かけました。

一人はシャーロット・アン・モーバリー (1846?1937) という名前でした。彼女はオックスフォード大学のセント・ヒューズ・カレッジの女子用の寄宿舎で最初の寮長を務めました。

もう一人のエリノア・ジュールダン(1863?1924)はモーバリー婦人の後継者として、同じくセント・ヒューズ・カレッジの寮長を務めました。

8月10日、二人はヴェルサイユに向かう列車に乗りました。

二人はヴェルサイユ宮殿を見学することで一日の大半を過ごしました。時計が午後4時を指したころ、モーバリー婦人は、庭園を通って小トリアノン宮殿(ヴェルサイユ宮殿の庭園にある離宮の一つ)に行くことを提案しました。

小トリアノン宮殿はルイ15世が公妾・ポンパドゥール夫人のために建設したものです。しかし、完成前にポンパドゥール夫人が亡くなったため、ルイ15世は次の公妾・マダム・デュバリに小宮殿を贈りました。ルイ15世が亡くなったあと、当時20歳だったルイ16世が王位につきました。ルイ16世は小トリアノン宮殿をマリー・アントワネットに贈りました。

小トリアノン宮殿に向かって歩を進めていく途中で、二人は道に迷ってしまいました。宮殿に通じる大通りを通り過ぎ、小道に入ってしまったのです。その道を歩いていく過程で、モーバリー婦人は、家の窓から身を乗り出し、白い布をはたいている女性を目にしました。一方、ジュールダン婦人は放棄された農家を目にしました。その家の前には古びた鋤(すき)がありました。

突如として、二人は妙な気分に襲われました。モーバリー婦人は不可解な悲しみに打たれたのですが、せっかくの旅行を台無しにしたくないので、友達にはそのことを黙っていました。一方、ジュールダン婦人も不快感を味わっていました。彼女もうら寂しい気持ちになり、意気消沈していたのです。まるで夢遊病者になったかのようでした。

やがて両婦人は二人の男性に出会いました。彼らは灰色がかった緑色の外套を着ており、三つの角がある小さな帽子をかぶっていました。非常に威厳のある官吏のように見えたといいます。彼らは言葉を発することなく、身ぶりでまっすぐ歩いていくよう、二人に指示しました。

次にジュールダン婦人は小家屋を目にしました。その家の戸口には女性と少女が立っており、女性は少女に水差しを手渡そうとしていました。しかし、二人は微動だにしなかったといいます。まるで時の中で凍りついた彫像のようでした。

その時の精神状態について、ジュールダン婦人は次のように描写しています。

「すべては不自然に見えたので、不快感を催しました。樹木でさえ平板で生気がないように感じられました。まるでつづれ織りの木を見ているようでした。光や影はなく、風が木を揺すらせることもありませんでした。」

「愛の殿堂」まで来た時、両婦人は、庭の東屋(あずまや)のそばに腰をおろしている一人の男性を目にしました。その男はマントをはおり、直射日光を避けるための大型の帽子をかぶっていました。男がゆっくり二人に顔を向けたら、彼の顔には天然痘にかかった痕(あと)が見て取れました。肌は黒く、荒れていて、その表情から悪意が感じられたので、二人は心をかき乱され、先を急ぎました。

次に二人は背の高いハンサムな男性に出会いました。彼は大きな黒い瞳を持ち、髪の毛は黒い巻き毛で、大きなソンブレロ帽をかぶっていました。彼は大げさな身ぶりを交えながら、フランス語で「そちらに行ってはいけません。どうぞこちらへ。どうぞこちらへ」と宮殿までの道を示しました。

二人は橋を渡って小宮殿に到着しました。その時、モーバリー婦人はエレガントな女性を目にしました。彼女は宮殿前の庭に腰をおろしていました。その女性について、モーバリー婦人は次のように描写しています。

「彼女は軽装で、夏用のドレスを着ていました。頭には日差しを避けるための白い帽子をかぶっていました。金髪で、髪の毛がたくさんありました。」

その女性は庭でスケッチにいそしんでいました。しかし、モーバリー婦人を当惑させたのは、彼女の着ている服がこの時代のものではなかったことでした。

二人は最終的に宮殿正面の前にある車道に出たのですが、そのとたん、それまで感じていた寂寥感は消滅しました。その時の体験を語り合うこともなく、二人は馬車に乗ってホテルに向かい、そこで紅茶を飲みました。


それから一週間に渡り、二人は小トリアノン宮殿について話をすることはありませんでした。そんな中、モーバリー婦人が手紙を書いていた時、また奇妙な気分に襲われました。そこで彼女は衝動的に「小トリアノン宮殿は亡霊にとりつかれていると思う?」とジュールダン婦人に問いかけました。ジュールダン婦人は「そう思います」と答えました。

そこで二人はお互いに情報を交換しました。そして、人々の服装が奇妙なものであったことをけげんに思うようになりました。


それから3年後、二人はヴェルサイユ宮殿を再訪し、また小トリアノン宮殿に足を向けました。そして、あたりの状況が様変わりしていることに気づきました。しかし、ガイドブックを読んだり、職員に話をしたりした結果、過去3年の間、宮殿に手がつけられていないことを知ったのです。

歴史の本を紐解いた二人は興味深い事実をつきとめました。1792年8月10日、両婦人がヴェルサイユを訪れた日からちょうど109年前に、パリは包囲され、王の護衛兵たちが虐殺されたのです。8月10日は王族にとって試練の日だったのです。

次に二人は当時の絵画をいくつか調べ、ショッキングな発見をしました。一枚の絵画に描かれていた男性は、その日二人が出会った「天然痘の痕(あと)がある男性」に似ていたのです。その男性の名前はヴォードルイユ伯爵でした。彼はマリー・アントワネットの親友でした。

そして、モーバリー婦人が見た、庭でスケッチをしていた女性は、1793年に絞首刑に処せられ、37歳で生涯を閉じたマリー・アントワネットその人にそっくりでした。


それから10年後、二人はその時の体験を執筆し、『冒険』という題で出版しました。しかし、内容が内容だけに、二人は筆者の名前を仮名(モリソンとラモント)にしました。その本は20世紀初頭に論議を呼び、ベストセラーになりました。

ところが、懐疑論者の調査の結果、当時、マダム・ド・グルフュールという名前の女性が小トリアノン宮殿で仮装パーティーを催していたことが明らかになりました。そこで出版社は、二人の婦人が仮装パーティーに出くわしたのだと結論づけ、本を絶版にしてしまいました。

しかし、最近の調査の結果、その仮装パーティーは、二人が小トリアノン宮殿を訪れた時から7年前に催されていたことが明らかになったのです。


このお話はいまだに出版されていますが、英語版のみで、邦訳版は出版されていないようです。

The Ghosts of Trianon

・この細かい考察の加筆は好ましいと思いました。安易な決定づけや、安易な思惑よりもはるかに良いと思います。

細かさがいいと思いますさん(2015年3月27日)


・このお話は、とてもロマンがありますね。タイムトラベルではなく、今も次元が違う所で存在してるかもしれませんね。ありがとうございました。

フラさん(2015年3月3日)


・タイムスリップの話の中で1番好きな話です。有名人と遭遇するなんてドラマチックですよね。気分が沈むという現象も不思議です。

ぱんなさん(2014年3月22日)

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