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 このお話はアメリカ人男性、ジョニーさんの体験談です。上記の写真はイメージ画像で、このお話とは直接関係がありません。


 このお話は2007年の7月25日に起こりました。私は41歳の実業家です。どこにでもいるような普通の男で、特にSFや超常現象に興味があるわけではありません。この日、私はテキサス州のスティーヴンヴィルから、オースティン郊外にある自宅に向かってドライブしました。午後3時半にスティーヴンヴィルに到着しました。最近亡くなった義理の母が老人ホームに遺した品を引き取るためにやってきたのです。私はここに来たついでに、友人の父親が住んでいる牧場に立ち寄ることにしました。私は友人と狩猟をするため、この牧場を何度か訪れたことがあります。その際、車を運転したのはいつも友人だったので、牧場までの行き方がわかりませんでした。そこで私は友人に電話を入れ、「お父さんの様子を見るために牧場に立ち寄るつもりだ」と告げました(友人の父親は最近ガンで奥さんを亡くされたのです)。友人は私の心遣いに感謝し、牧場までの道順を教えてくれました。

 友人の父親は私を歓迎してくれました。私たちは彼の車で牧場を見学することになりました。彼は牧場を売ることを決意したので、感傷的になっていたのです。たぶん話し相手が欲しかったのでしょう。私たちはウォッカをひっかけてから出かけました。そのころまでに時計は5時半を回っていたと思います。私は30分ほど滞在してから家に帰るつもりでした。牧場から自宅までは休憩なしでも車で2時間半の道のりです。私達は牧場を見学してから小屋で一休みし、その後また見学を再開しました。その間、何度も暇を告げようとしたのですが、つい機会を逃していました。帰宅が遅くなるので、家内が怒ることは必至でした。私は家を出る前、妻に7時ごろまでに帰ると言ったのです。すでにあたりは暗くなっていたので、この分だと家に帰り着くのは午後9時ごろになりそうでした。でも、会話が中々途切れなかったので、帰りたくても帰れなかったのです。

 やっとのことで私は牧場を後にすることになりました。そのころまでに日はとっぷりと暮れ、時刻は午後10時半になっていました。牧場にいた数時間の間に酒を二、三杯飲んだのですが、その三倍は飲んだような気分でした。私は酒がかなり強いほうで、これほど酔ったことはかつてありませんでした。飲酒運転がいけないことはわかっていましたが、翌日は早朝から重要な会議が控えていたので、どうしても帰る必要があったのです。

 牧場から出た私はすぐ妻に電話しました。彼女は私の帰りが遅くなる上、それまで私が電話を入れなかったので、イライラしていました。もっともなことです。私は「後で話をするから」と言って、そそくさと電話を切りました。その時点で覚えていることはそれだけです。

 突然、私はテキサス州のランパサスにいました。その町は私がいた場所から車で一時間ほどのところにあります。そのときは気にならなかったのですが、後から考えたら、牧場からランパサスまでの曲がりくねった道を運転した記憶が一切ありません。私は車を停め、タコベルで腹ごしらえすることにしました。そのとき「店が開いていればいいのだが」と考えたことを覚えています。牧場を発ったのは午後10時半だったので、そのときの時刻は少なくとも午後11時半ごろだったはずです。なぜか私は時計を見て時刻を確認する気になりませんでした。私はタコベルでたらふく食べたあと、トラックに戻りました。

 突如として私はノース・オースティンにいました。ランパサスからそこまでは一時間半の道のりです。問題は私が183号線を走っていたことでした。家に帰るためには281号線を走っていなければならなかったのです。そのとき私は奇妙な状態にあったので、曲がる道を間違え、我が家までの道のりから一時間もはずれた場所を走っていたのでした。見覚えのあるロータリー道路に出たので、私はそこで車を返し、オースティンの西部にある我が家に向かって車を走らせました。途中で私は車を停め、コーヒーを買いました。それに加え、警察官に停められました。なぜなら、ブレーキライトが点いていなかったからです。幸い、私はしらふのようにふるまい、罰金を払わされずに済みました。その警官は本当にいい人だったのです。普通の酔っ払いだったら思い切りパニクっていたのでしょうが、彼の前で私はとても落ち着いた気分になれました。彼は私に注意を促しただけで済ませてくれました。これで30分は無駄になりました。それだけでなく、違う高速道路に入ったので、一時間が無駄になったはずです。

 最終的に私は我が家に帰りつきました。家の中に入ったところ、息子と彼の友達が映画を見ていました。私は二人と一緒に座って一休みした後、パソコンのある部屋に向かいました。メールを二、三通送らなければならなかったからです。そのとき私は、息子たちがその時間帯に映画を見ているのはおかしいと感じたことを覚えています。食事した時間や、警官に停められお説教された時間、そしてコーヒーやトイレ休憩に費やした時間を考えると、そのときの時刻は少なくとも午前1時半から2時だったはずです。不可解なことに、またしても私はそのとき時刻を確認する気になりませんでした。それというは極めて私らしくないことなのです。

 ここまでだったら、飲みすぎたのに交通事故に遭うこともなく自宅に帰り着いたラッキーな男の話ということで片付いてしまいますよね。でも、どうしてもふっきれないことがあるのです。それは私が飲酒運転をするような男ではないということです。私は眠気を感じただけで運転を控えるタイプなんです。二番目の問題点は、あの日私は酔っ払うほど飲まなかったということです。しかも私はこれまでの生涯を通じて、気を失ったことが一切ありません。それなのに、二時間半にわたるドライブの行程をほとんど思い出すことができませんでした。

 ここから話は奇妙になっていきます。友人(牧場主の息子)によると、私はその夜、10時半ごろに彼に電話を入れ、「今から牧場を発つ」と言ったそうなのです。私は友人に父親の状況を報告し、電話を切ったといいます。別の友人によると、私は同じころ彼に電話し、ふざけたメッセージを留守電に残したそうです。さて、パソコンの「送付済み」メールを確認したところ、その夜、私は午前12時32分と12時48分にメールを送ったことになっていました。これらのメールを送る前、私は少なくとも20分ほど息子たちと一緒に座っていました。ということは、少なくとも四時間かかったはずのドライブを、わずか二時間で終えたことになります!たとえあの夜、休憩なしで道順を間違えずに走ったとしても、二時間半かかる道のりだったのに……。

 携帯の記録を調べたところ、その夜、友達二人に電話した記録は残っていませんでしたが、妻に四回電話を入れたことになっていました。でも私は妻に一回しか電話しませんでした。なぜなら妻が怒っていたので、電話したくなかったのです。そのことをハッキリと覚えています。

 いまだにわからないのは、「なぜ少量の酒を飲んだだけであれほどできあがってしまったのだろう」ということです。二時間半はどこに消えてしまったのでしょう?あの優しい警官は誰だったのでしょう?なぜ彼は書面の警告を私に渡さなかったのでしょう(テキサスではそうするのが習慣なのです)?私はどうやって二人の友人に電話したのでしょう(電話代の請求書には記録が残っていないのに)?最後に、クレジットカードの明細によると、私はタコベルで27日(二日後)に食事したことになっていました。明細には、取引がおこなわれた日と、取引が「記録」された日の両方が載っています。取引が記録されるのは翌日になるのが普通です。しかしながら、私がランパサスで食事をした日は27日になっており、支払いが記録されたのも27日になっていました。

 私はこの現象を説明することができません。奇妙な時間の裂け目に入ったとしか思えません(しかも二度入った可能性があります)。そうでなかったら、何らかの力が私を無事に自宅まで送り届けてくれたのでしょう。本当に不思議です!ところで、あの日私が「いけない」ふるまいに及んだにもかかわらず、妻は依然として私を愛しています。


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