"Ellis EarlH USMC" by United State Marine Corps - Official Marine Corps biographyJPG link: http://www.tecom.usmc.mil/HD/images/Whos_Who/Hi_Res/EllisE.jpg. Licensed under Public Domain via Wikipedia.
1920年に日本軍の真珠湾攻撃(1941年)を予言したアメリカ人男性がいた。彼の名前はピート・エリス中佐。だが、報告書を提出したあと、エリス中佐は行方不明になってしまった! いったい彼の身に何が起きたのか……?

物静かな男

1920年。ピート・エリス中佐はアメリカ・ワシントンの海兵隊本部に勤務していた。なぜか彼は友達を作ることもなく、いつも自分の事務所に閉じこもっていた。

夜間警備員の話によると、エリス中佐は常に「入室禁止」の札を事務所の扉に掲げていたという。警備員が不審に思って扉をノックしても返事はなかった。扉越しに何をしているのか尋ねると、ぶっきらぼうな口調で「特別任務だ」という答えが返ってきた。

特別任務

約12か月に渡る孤独な作業のあと、中佐は分厚い報告書を提出した。その報告書には、日本軍がアメリカに奇襲攻撃をかけ、日米間で戦争が勃発する過程が詳しく記されていた。

日本軍は太平洋の島々(ハワイ、フィリピン、ミッドウェー、グアム、ウェーク島)に攻撃を仕掛ける……報告書にはそう書かれていた。

同中佐は、実際に攻撃された時のために、危険を回避する作戦を立てていた。マーシャル諸島とカロリン諸島に秘密基地を建設する必要を説いたのだ。そうすれば、そこからフィリピンに簡単に軍隊を派遣できる。

その報告書には、「日本が攻撃する際、航空機が重要な役割を務める」と記されていた。エリス中佐はどんな航空機が攻撃に使われるのかも分かっていた。その描写は不気味なほどゼロ戦に酷似していた。


"Zero Akagi Dec1941" by Japanese military personnel - Official U.S. Navy photograph 80-G-182252, now in the collections of the U.S. National Archives.. Licensed under パブリック・ドメイン via ウィキメディア・コモンズ.

中佐の失踪

報告書を提出したあと、ピート・エリス中佐は原因不明の病気にかかってしまった。

経過が思わしくなかったので、彼は療養に専念するために長期休暇願いを出した。奇妙なことに、海軍事務局はこの申請を間髪を入れずに受け付けた。米海軍がそのような処置をとるのは異例のことだった。

エリス中佐は職場を発つ前に海軍の長官と緊急の会合を持った。会合の最中、中佐が長官のポケットに一通の封筒を差し込む姿が目撃されている。

中佐は同僚や上司に「療養のためにヨーロッパに行く」と告げて海兵隊本部をあとにした。だが、彼はヨーロッパに到着することなく行方不明になった!

それから90日後、海軍事務所はまたしても中佐に無期限の休暇許可を与えた。これもまた異例の事態である。

謎の男

少なくとも12か月に渡り、中佐からは何の音沙汰もなかった。ところが突如として、エリスの友達が奇妙な海底電報を次々に受け取るようになった。それらの電報はオーストラリアとフィリピンの病院から送られたようだった。

数週間後、エリスを名乗る男が日本の病院に入っていることが判明した。彼は重度のアルコール中毒を患っており、容態は悪化していた。彼は1922年10月4日までそこに入院していたのだが、またしても突然行方が分からなくなった!

それから音信は一切途絶えたが、数か月後に訃報が舞い込んできた。エリスを名乗る男がコロール島(パラオ共和国に属する島)で息を引き取ったというのだ。

当時、パラオは日本が統治していた。日本政府は外国人がこの地域に入ることを禁止していた。エリスは侵入禁止地区に入ることを数度に渡って試み、そのたびに引き留められたことが分かっている。


"Koror in the Japanese Period" by 不明 - グアム新報社「南洋群島写真帖―昔のmicronesia」より。. Licensed under パブリック・ドメイン via ウィキメディア・コモンズ.

薬剤師

米軍はエリスの遺骨を外国に放置しておきたくなかったので、ローレンス・ゼムチという名の薬剤師をコロール島に送った。

ゼムチがやっとのことでコロール島から出てきた時、彼は変わり果てた姿になっていた! 会話能力を失い、ほぼ植物人間と化していたのだ。

ゼムチは横浜で診察を受け、体内に大量の薬物が投与されていることが判明した。彼は急きょ病院に送られ、集中治療を受けた結果、質疑応答ができる状態まで回復した。

ところが、折悪しく1923年9月1日に関東大震災が発生、病院は崩壊し、ゼムチはコロール島で何が起きたのかを説明する前に息絶えたのだった……。

解けない謎

なぜピート・エリス中佐は第二次大戦のなりゆきを詳しく予知できたのだろう?

行方不明になってから彼の身に何が起きたのか?

ローレンス・ゼムチはなぜ大量の薬物を投与されたのか?

今となってはこれらの疑問に答えを出せる人はいない……。

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