これはあるカナダ人男性の体験談です。

フランス・ニースで評判のホテルは、ろうそくの炎で照らされ、時代がかっていた……

1992年のことです。私はフランスで結婚式を挙げ、パリ市外の美しい田舎町にあるレストランで披露宴を催しました。

宴もたけなわのころ、私たちは参加者に暇(いとま)を告げました。というのも、その夜、私たちは新婚旅行でニースに行くことになっていたからです。そこからニースまでは車で2時間半の道のりです。

私たちはフランス一色に染まった町で初夜を過ごしたかったのです。その翌日、海岸沿いの道をドライブして目的地のベルギーに向かい、ブリュッセルのホテル・プルマンで一週間を過ごす予定でした。

レンタカーを出すころには夜の帳(とばり)が下りていました。それで私たちは大事をとって高速道路を避け、フランス人の間で「旧国道」と呼ばれる道をドライブすることにしました。その夜は暖かったので、車の窓を開け、心地よい夜風に吹かれながら、美しい並木道を運転していきました。すでに私たちの思いはニースのホテルに飛んでいました。当地で高い評価を受けているホテル・ウィンザーのハネムーン用スイートルームに予約を入れてあったのです。


19世紀・ニースの絵葉書

目的地に到着した私たちは、ニースが中世の町を彷彿(ほうふつ)とさせることに興奮を覚えずにはいられませんでした。入場門を通り抜けると、そこには玉石を敷いた通りがあり、要塞のような建物からは多数の小塔がにょきにょきと伸びていました。ただ、通りには街灯がまったくなく、街は静寂に包まれていました。そんな中、月が煌々(こうこう)と輝いて通りを照らしていたのは幸いでした。

曲がりくねった道を運転する間、あたりに一種独特の雰囲気が漂っていることに気づきました。それは不安を催すような雰囲気でした。車、人、犬、猫などは一切見かけず、物音ひとつ聞こえませんでした。でも、時間はすでに午前3時を回ろうとしていたので、シーンと静まり返っているのはそのせいだろうと思いました。

やっとのことでホテルに到着したのですが、あたりに駐車スペースが見当たりません。そこで私は、もう少し車を運転して、とりあえず海岸沿いの空き地に一時駐車しました。あとでホテルの人に駐車場がどこにあるかを尋ね、そちらに車を移動すればいいと思ったのです。

私たちは手に手をとり、月に照らされた道を歩いていきました。ホテルに足を踏み込んだら、ロビーは薄暗く、とても古めかしい印象を受けました。鉢植えのヤシの木があちこちに置かれ、家具には赤いベルベットの布が張られていました。

フロントには丸々と太った男性が座っていました。彼は奇妙な口ひげを生やしていました。口ひげにワックスが塗られ、両端がピンと上がっていたのです。襟のないシャツとベストを着ていたように記憶しています。彼は無表情で、愛想がありませんでした。でも、夜遅かったので、たぶん疲れているのだろうと思いました。

ホテル内に電灯が見られないのは奇妙なことでした。接客カウンターの上に置かれているガラス製のランタンが唯一の光源だったのです。そのランタンの中ではろうそくの炎が揺らめいていました。

長旅で疲れていた私たちは一刻も早く部屋に入りたかったので、片言のフランス語で予約済みであることを伝えました。すると男性は目の前にあった宿帳を開き、サインをするためのペンを差し出しました。それは、だいぶ前に廃れた、ペン先をインク壺に差し込む類のペンでした。フランスではこういう古式ゆかしいやり方を守っているのかもしれません。私たちはめいめいに新婚の夫婦として宿帳に名前を書き込みました。

そのあと、男性は何も言わずにカウンターの上のベルを取り上げ、チリンと鳴らしました。ほどなくして伝統的な衣装に身を包んだ、とても若い女性が出てきました。彼女は床まで届くドレスを着ており、髪の毛は奇妙なやり方で結ってありました。そして頭には白い帽子が乗っていました。

ろうそくの灯った燭台を手にした彼女は、私たちを導きながら、二階に通じるらせん階段を上っていきました。私は気まずい雰囲気を解消するために何か言わなければならないと思い、平気を装いながら「万事順調です。すばらしいホテルですね」と客室係の女性に声をかけました。

やがて私たちは部屋の前に到着しました。女性は私の手から鍵をとり、鍵穴に差し込みました。ガチャンという重い音とともに錠が開けられ、扉が押されたのですが、開く様子が見られません。彼女は無言で私に燭台を手渡し、両手で扉を押し開けました。驚いたことに、扉はキーという音を立てながら開きました。扉の底が床に当たり、こすれて音が立ったのです。

部屋の中は寒く、ジメジメしており、ホコリっぽかったです。扉を開けた時に床をこすったので、大量のホコリが雪かきをした時のように床の上にたまっていました。ここはハネムーン用スイートのはずなのに、天蓋付きのシングルベッドが二つ置いてあるだけでした。そして二つのベッドの間にはクモの巣がかかっていました。ベッドには緑色のベルベットのカバーがかけられていたのですが、そのカバーにはホコリが厚く積もっていました。

私は幻滅し、女性に「私たちは新婚旅行中です。ここに泊まることはできません」と告げました。女性は哀しそうな表情を見せ、無言でうなずき、扉を閉めて鍵をかけました。私たちは進んできた廊下を引き返して一階に降りていったのですが、フロントに男性の姿が見えません。私たちは鍵をカウンターの上に置いて、ホテルをあとにしました。

疲労困憊(ひろうこんぱい)し、気が転倒した私は、自分の不手際を新妻に詫びながら、レンタカーに向かって歩いていきました。車の中で次に取るべき手段を検討する以外に選択肢はありませんでした。しかし、当時はスマホが普及していなかったので、別のホテルを探すことはままなりませんでした。2、3時間もしたら夜が明けるので、座席を倒して仮眠をとることにしました。私たちはフランス製の小型車の中で、快適とは言い難い眠りにつきました。

私たちはまぶたに朝日が当たるのを感じて目を覚ましました。身を起こしたら、あたりには美しい陽光が降り注いでいました。そして、前方のほど近いところに瀟洒(しょうしゃ)なホテルが建っていることに気づきました。私たちはそのホテルのフロントに足を運び、すぐに入室できるスイートルームまたは普通の部屋がないかどうかを尋ねました。

そして私は、前夜にホテル・ウィンザーでひどい目に遭ったことを説明しました。私たちはとにかくシャワーを浴びて、体を休めたかったのです。その時、私たちはまだ婚礼衣装を着けていたので、フロント係は私たちがわらにもすがる思いであることを察したのではないかと思います。

ところが、フロントの男性は困惑した面持ちになりました。「どうしたのですか?」と尋ねたら、彼は戸惑いがちに「どのホテルでひどい体験をされたとおっしゃいましたか?」と尋ねました。断固とした口調で「ホテル・ウィンザーです!」と答えたら、彼は「でもお客様、ここがホテル・ウィンザーなのですが」と言ったのです!


現代のホテル・ウィンザー

フロント係の男性に問われるまま、自分の名前を告げたら、彼はコンピューターをチェックし、「お部屋はまだ確保してあります。レイトチェックイン(チェックインが遅くなること)費をお支払いいただけるのなら、すぐにご入室いただけます」と言いました。

私は彼の申し出に同意し、チェックインを済ませたのですが、前夜の件がまだひっかかっていたので、彼とこんな会話を交わしました。

「ろうそくの炎で照らされ、スタッフが伝統的な衣装を着けているホテルがこの近くにありませんか?」
「そのようなホテルは存じ上げませんが……。」
「でも、何か知っているはずです。そのホテルはここから歩いて行ける距離にあったのですから。」
「恐縮ですが、そのようなホテルは存じ上げません。何かのお間違いではございませんか……?」

くたくたになった私たちは、スイートルームに向かい、シャワーを浴びたあと、ベッドに倒れこんで深い眠りにつきました。目を覚ましたころには、夕食をとる時間になっていました。


現代のニース

レストランに行くために身支度を整えながら、私たちは「夕食をとる前に、あの時代がかったホテルを探そう。この近くにあるに違いない」と話し合いました。何が何でも真相を究明したかったのです。

というわけで、ホテルの周辺をくまなく探し回ったのですが、あの古めかしいホテルはどうしても見つかりません。実のところ、街の光景自体が様変わりしていました。丸石の敷かれた曲がりくねった通りや、多数の小塔はもはやありませんでした。そして通りにはそこかしこに街灯が立てられていました。

やっとのことでレストランに入った私たちは、ウェイターに質問しまくりました。「時代がかったホテルがこの近くにありませんか? 今、街で映画の撮影をしているのではありませんか? 前夜、停電がありませんでしたか?」等々……。しかし、どんな質問をしても、「いいえ」という答えが返ってくるだけでした。そのうちに周りの人々から変な目で見られるようになったので、質問することを諦めました。

その後、私は離婚したのですが、当時のできごとを思い出すたびに、私の心は乱れます。もしあの時、あのホテルに泊まっていたら、私たちはどうなっていたのでしょう? 別の世紀・別の時代に囚われてしまったのでしょうか……?

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