これは日本の男性・T.A.さんの体験談です。

催眠術をかけられた男性が小学生のころに年齢退行し、驚愕のタイムトラベル体験を回想!

還暦(60歳)が間近い関東在住の日本人男性です。今からちょうど8年前、思いもしない方法で同じ時に3つの時代に偶然タイムトラベルしました。それだけでなく、おそらくは別のタイムライン(並行世界)に入ってしまったと考えております。内容が込み入って複雑なので、移行した3時代に分けて記述します。更に、いくつかのエピソードが時間的順不同に絡み合っているので、それらが起こった主な年月日を各章の表題に使うことにします。では、まず一つめの時代へ

平成20年X月X日…私が50歳台前半

 今から8年前その当時に流行っていたテレビ番組の影響もあり、興味本位で前世退行催眠なるものを受けてみました。車に乗って、東京郊外にある施術士(女性)のマンションへ向かいます。私がこれから話すタイムトラベルは、この前世退行とは無関係です。それは、そこに至る過程で偶然に起こりました。では、話を続けます。催眠術は生まれて初めてだったので、何か騙されたり、変な事をされたりしないか心配し、その日は朝からずっと緊張そして警戒をしていました。しかし予想に反して退行催眠中は、自分の意識がはっきりしたままです。夢をみているような感じでした。嫌な事があれば拒否できるし、目を開ければ自分で中断も出来ます。意思を操られてしまう様な事はありませんでした。

 さて前世退行催眠ですが、最初に施術士と対面でいろいろな説明を受けてから、部屋中央の長椅子(ソファー)に私1人が横たわり、目をつむります。近くにいる施術士が私に「深く息を吸って、とめて〜。はいて〜。両腕の力を抜いて〜、…」の様な事を言いながら、徐々に催眠状態へ誘導していきます。5分か10分経過した頃でしょうか「子供時代に戻りま〜す」と言ってから、ハンドベルをチーンと鳴らしました。

ベルの音と同時に、中学3年生の自分が実家にあった小さな和室の入り口にたたずんでいるイメージが湧いてきました。施術士が「何か見えますか」と訊いてきたので、見えた物(和室内の調度品)の説明をしました。続いて「どんな服を着ているか」を訊くので「中3なので黒い学生ズボン、上着は白いシャツを…」と私が説明している途中で「もう少し先に行きましょう」と言うや、またハンドベルをチーンと鳴らしました。

次の瞬間、私は小学校の低学年になっていて、実家(当時の自宅)にいました。「何か見えますか。どんな服を着てますか」と訊くので、見えた景色や服の事をそのまま説明します。この時に面白い事が、起こりました。その説明の単語や話し方が、まるで子供みたいなのです。私がわざとやっている訳ではないのに、小学校低学年の話し方に変わっていました。私の説明がひととおり終ると「どんな靴を履いてますか?」と訊かれます。どんな靴を履いてたかなんて知らないけれど、自分の足元を見ると、履いている靴の先が見えました。

(私)  「お気に入りの青い靴を履いています」
(施術士)「どうして、その青い靴が好きなのですか?」
(私)  「はい、え〜と。え〜と」

返答しようと思ったのですが、青い靴を好きな理由が分からないのです。とっさに小学生の頭の中を、現代(50歳台前半)の意識と入れ替えました(簡単に切り替えられた)。それでも、好きな理由が分からないのです。考えてみれば、履いてる靴が好きな理由を具体的に説明するのは、大人でも難しいものです。そこで、

(私)  「え〜と、え〜と」を繰り返しました。そうすれば、またハンド・ベルを鳴らし「先に行きましょう」と言ってくれるに違いありません。この時点で青い靴が好きな理由はもう考えていません。
(私)  「え〜と、え〜と」を続けました。ところが、何の反応も返ってきません。施術士がそこにいる息遣いははっきり聞こえるのですが、何の指示もありません。ハンド・ベルを鳴らす気配もありません。私は、すこし焦ってきました。履いて靴先しか見えない状態から、玄関に置いてある靴を俯瞰的(ふかんてき)に眺める場面に切り換えて、観察を続けました。それでも、青い靴が好きな理由が分かりません。時間がもったいない、早く答えを見つけろと、誰かに強制されてるような感じです。頭の中で、小学生の意識と大人の意識を交互に切り替えながら、答えを見つけていました。5分以上そんな状態でしたが、とつぜん「あおいくつが好きなりゆうは、いろがあおいからです」と小学生の私が答えました。話し方も、小学生まるだしです。

その答えを聞いた瞬間、施術士は「もう少し先に行きましょう」と言って、またハンド・ベルをチーンと鳴らしました。私は、ホッと一息。同時に、私の脳裏には幼稚園時代の自宅が見えてきました。広々とした部屋に1人で立っています。懐かしい幼少期の自宅がそのままです。「え〜と、え〜と」を続けながら、しばらくその光景を楽しむ事にします。

施術士が「何か見えますか?」と訊くので、大人の意識の私が「ちょっと待ってください」と答えます。3分〜5分間位、幼稚園児に戻った私は、あの時代を満喫していました。大きなガラス扉から射し込む太陽光の暖かさまで感じられます。しばらくすると、施術士がまた質問してきました。ここで返答すると、また青い靴の質疑みたいになりかねないので、大人の意識の私が「今は幼稚園児になって実家のサン・ルームにいます。ただし幼なすぎるので上手く質疑応答が出来ません」と答えました。すると施術士は、また少し別の誘導を行ってから、ハンド・べルをチーン。ここで、やっと前世退行に入れました。前世の話もこれはこれで興味深い結末でしたが、証明も証拠も提示できません。ここでは、割愛します。

話は、ここから始まります。1時間半の退行催眠が終って、施術士のマンションから、車を置いたコイン・パーキングまで歩いていく途中(数分間)で、強烈なデジャブに襲われます。上述しましたが、退行催眠を受けたのは生まれて初めてです。ですが、今回の一件をはっきり覚えているのです。デジャブは既視感(すでに見たような感覚)と訳されていますが、見たような感覚はありません。見えなかった部分の感覚、つまり「身体の中に大人と子供の意識が共存する感覚」、「青い靴を好きな理由が答えられずに焦る感覚」、「部屋中央の長椅子に静かに横たわっている感覚」、「早く答えを見つけろと、誰かに強制されてるような感じ」、「施術士と私のやりとりの感覚」等々、それら全ての記憶(デジャブ?)があるのです。

この強烈なデジャブはいったい何なんだ。頭を抱えながら、コイン・パーキングを後にしました。10分くらい運転してからだと思いますが、デジャブ全ての記憶がよみがえり(分かり)ました。思い出した瞬間、あまりの事に、身体に震えが来ました。急いで車を路肩へよせて停車し、全身のガクガクが止まるのを待ちました。すぐに運転するのが恐かったので、FMラジオを小さく掛けて、リクライニング・シートを倒し目をつむっていました。「タイムトラベルだ。未来はあったんだ」と自分に言い聞かせます。この時点でも、まだ全身に鳥肌が立っていました。再記しますが、これがあったのは2008年のとある日。私が50歳台前半の時です。

昭和30年代後半…私が小学校の低学年

 小学校の一年生か二年生の時。暑くも寒くもなかったので、春か秋です。実家が学校の近くにあったので、天気の良い放課後はいつも走って1度帰り、邪魔なランドセルを玄関から室内に投げ入れてから、遊び場に向かう日々でした。その時も走って帰り、玄関の引き戸をガラガラッと開け(その当時、昼間は鍵など掛かっていません)、背負っていたランドセルをポーンと廊下へ放り投げました。いつもなら、このまま遊び場にまた走って直行するのですが、その日は違いました。ランドセルが着地すると同時に、玄関に脱いであった「お気に入りの青い靴」に目が釘付けになりました。この青い靴は、通学用には使っていませんが、毎日見ています。それなのに、その時だけ気になってしかたがないのです。青い靴を上から見下ろすと、身体が硬直してきました。そして、金縛りのような状態になりました。

「いったい何が起こったんだろう?」と考えていると、頭の中に別の何か(たぶん意識)が、割り込んできました。そして「何故、この青い靴が好きなのか」と考えているのです。不思議な事に、入ってきた意識もやはり自分、それも大人の自分の意識だろうと直感で分かりました。でも、子供の私はすぐ遊びに行きたいので、その場を離れようとします。なのに、身体が動きません。と言うか、無理に動かせば動くけど、今はまだ動いてはいけない。という感じです。青い靴から目が離せず、それが好きな理由を子供の自分が考えたり、大人の自分が考えたり、それを交互に繰り返します。子供の私には、威圧されてるような感じがありました。5分間か10分間ずっとそんな状態が続きました。大人ならその位、我慢できるでしょうが、小学生がじっとして動かずに考え事をするのには、長すぎる時間でした。大人の意識が手間取っているのが分かったので、子供の私は頭の中のもう1人の自分に聞かせる為に、声に出して「青い靴が好きな理由は、色が青いからだ」と言って見ました。「青いからです」ではなくて「青いからだ」と言いました。

すると突然、全身が安堵感に満たされ、身体が動くようになりました。もう遊びに行っても良い、と許可が下りたように感じたので、玄関の外に出ました。その時です。次の不思議現象が起きました。全く何も無い空中からチーンと金属音が大きくはっきり聞こえたのです。仏壇の御鈴(おりん)に似ているけど、もう少し綺麗な音でした。当時の自宅は木造だったので、そんな金属音が外壁近くで鳴る筈もなく。聞こえた場所は、目の前(頭の右前方1メートル位の位置)の空中です。生まれて初めての空耳でした。不思議なので、音の鳴った空間をじっと見ますが、全く何もありません。変だなぁと思いましたが、その直前の金縛り状態の方が、遥かに不思議な体験だったし、身体が自由に動くので、すぐに遊び場へ向かいます。ところが、10歩も移動しない内に、なぜかまた立ち止まります。そして、「いったいぜんたい今のは何?」と考察を始めました。

これに対し「自分が大人になっている21世紀には、本格的なタイムマシンはまだ作られていない。だけど、お金さえ払えば、意識だけのタイムトラベルは〔注1〕できる。今のは、それを利用して、未来からやってきた自分の意識だ」と結論づけました。その通りだったのだけど、なぞも残りました「なぜ未来の僕は大金を払ってまでして、過去に戻り、青い靴が好きな理由を知る必要があったのか」です。これの答えだけは、どうしても分かりませんでした。

昭和40年代前半、小学校卒業まで…「未来って、今あるの?」

 この不思議な現象については、誰にも話しませんでした。説明しづらいし、分かってもらえないと思ったからです。但し、忘れる事もできません。それほどに強烈な出来事だったからです。

話さなかった代わりに、その事件の翌日から、周囲の大人達に「未来って、今あるの?」と質問をあびせ始めました。しかし両親も含め誰一人として、真面目に返答してくれず、ふざけた答えしか返ってきません。しばらくして、質問の表現を「いま昨日に戻れたら、昨日がそこにあるでしょ。同じように、いま未来に行ったら、そこに未来があるの?」へ変えました。具体的に聞きたかったのは、「今は昭和30年代だけど21世紀の初頭が存在しているか」です。子供時代のあの私は、青い靴の質問をした未来の私が、どの時代から来たかをうすうす感づいていたのです。そして、それの確証を得たかったのでしょう。

しかし大人達は、この質問に辟易(へきえき)したのだと思います。答えてくれないどころか、「またその質問か。しつこい」と逆に怒られもしました。当時はタイムマシーン系アニメの「スーパー・ジェッター」も始まっていないし、「鉄腕アトム」ですらテレビではまだ放映されていません。それなのに、21世紀の事やタイムトラベルはできるのか、意識だけで未来に行ったり過去に戻ったりできるのか、をいつも考えていました。

小学校の先生達には「未来って、今あるの?」は訊いていません。彼らには答えられない事を知っていたからです。その代わりに、父親の仕事の関係者(同僚だったのか、顧客だったのか分かりません)で頭が良さそうな大人を見つけては、こっそり質問していました。

父の会社の社長が東大卒だったので、知っているかも知れないと思い、いつか訊くつもりでいました。しかし両親がそれに気づいたのと、私のしつこさに、その質問「未来って、今あるの?」は禁じられてしまいました。まあ、それでも小学校卒業くらい迄、親戚の集いとかで、こっそり質問は続けていました。答えは、もちろん得られませんでした。もうひとつの「未来の人が、どうして子供時代の靴を好きな理由を知る必要があったのか?」が、やはり大きな疑問として残りました。

平成20年X月X日…50歳台前半

 冒頭に記した3つの時代の内、退行催眠から帰宅中の車の中で、最初に思い出したのがこの「青い靴事件(小学生時代)」です。実際には、これらの事件に派生する百倍位の量の記憶が次から次へ(と言うか、ほぼ瞬時に)脳内に湧き出てきて、車の運転を中断しました。

同時に、残りの2つの時代(これについても後日、記します)やら様々な個人的不思議事件も脳裏に浮かんでは消えました。それら伏線のエピソードを、いくつか記しておきます。冗長だと思うので、以下は読み飛ばしても構いません。

マイン・リープリンク

 私は高校卒業後から趣味と実益を兼ねて、外国語の勉強をしていました。初めての仕事は1978年、ケルン見本市でのドイツ語通訳でした。学校での専攻も今の仕事もまったく違う業種ですが、副業としていまだに翻訳/通訳業は続けています。これを背景として、頭に入れておいて下さい。

小学生への退行催眠中、施術士に「どんな靴を履いてますか?」と訊かれた時、私の中では最初「そんな事まで覚えてないよ」と言う気持ちでした。ただし、念のために足元を見ると、青い靴先が見えたのです。同時に小学生の声が「マイン・リープリンク」と脳裏で言っていました。ドイツ語だったので、日本人の施術士にそのまま言っても通じないだろうから「お気に入りの青い靴」と意訳して返答しました。

不思議なのは当時、家族も含め誰もドイツ語の知識など持ってなかった筈なのに、どうして小学生の私がそんな単語を使ったのだろうかという点です。しかも初学者なら「リープリング」と語尾が濁音化するのに、ネイティブのように「リープリンク」とこなれた清音で発音していました。今なら、この発音レベルの人はいくらでも居ます。でも当時(昭和30年代後半)は一般家庭で、音を記録再生できる機材は(カセットテープの様なものすら)無かった時代なので、この発音は我ながらスゴイと感じました。小学校の低学年で、自分の靴をそう呼んでいたのは更に不思議です。

2008年の私はあの時、この余分なドイツ語を翻訳せず、見えたままに「青い靴」と答える事もできました。 あの施術士は、私が「お気に入りの…」とさえ言わなければ、靴が好きな理由を訊くことはなかったと思います。そうすれば、小学生の私も大人の私も、青い靴で悩む事はなく、玄関で突っ立ったままになる事もなく、それらを40年以上も考え続け、記憶として21世紀まで残す事もなかった。もちろん、このタイム・トラベル記も書いていないでしょう。ですので今考えると、この「マイン・リープリンク」というドイツ語が、ここで周回する時の流れの起点の1つを作ったような気がしています。

履(は)いていた靴

 小学校の低学年時、玄関で青い靴を凝視する事件をさかのぼること数週間前。サラリーマンだった父が家に居たので、日曜日です。私は、庭にいるその父親の所へ行こうと、お気に入り(マイン・リープリンク)の青い靴を履いて、玄関から庭に向かいました。

その時、ふと気になり立ち止まってから、自分の周囲を見回し、次に着ている服をチェックしました。その後で、足元の靴を上から見て「僕は何故、この青い靴が好きなのだろうか?」と考え始めました。でも、分かりません。いくら考えても分かりません。1-2分間理由を考えていましたが、あきらめて、そのまま父の居る所へ歩いていきました。

今(2016年)思い出してみると、この時は2つの意識が脳内にある、という感覚はありません。自分ひとりで、そう思索していたように思います。この数週間後に玄関先で青い靴を凝視する事件が起こるのですが、その時も「ああ、この間も好きな理由を考えたけど、分からなかったよなぁ」とこの日曜日の事を考えていました。

 この寄り道みたいなタイムトラべルもひとつの時代とみなすなら、意識が移行したのは冒頭の3つではなく、4つの時代になります。

お金がもったいない

 お恥ずかしい話ですが、私は「自分の1分間がいくらか」と常に考えていた時期があります。時給制アルバイトを開始した高校生時代から、少しずつそうした金銭感覚が芽生えたのだと思います。お年玉とお小遣いが唯一の現金収入の小学生時代には、そんな考えはなかった筈です。ところが、上述した「青い靴が好きな理由」を探っていた玄関の小学生の頭の中は、「早く答えなければお金がもったいない」、「この1分間は高いんだ」の気持ちで満たされていました。あの事件の直後は、遊んでいる時でさえ、その感覚「時は金なり」を思い出していました。それ以後は初アルバイト迄そんな金銭感覚は出てきません。小学生が、何故そんな感覚に襲われたのでしょうか。  50歳台前半(2008年)の私が受けたあの退行催眠は、1時間半で2万5千円でした。高すぎるとは思っていなかったのですが、青い靴を好きな理由が答えられずに無駄な時間が流れている時、頭の中で「早く答えないと、退行催眠の料金がもったいない。1分間で約280円だ。急いで、理由を見つけなければ」と確かに1回だけ考えました。おそらく、それがそのまま小学生の頭の中へ流れ込んだのだと思います。当時のお小遣いは、30円か50円でした(1ヶ月間で、ですよ)。だから、時間と共に大金が吹っ飛んでいく感覚が、(小学生の)私を満たしていたのだと思います。

未来からの音

 小学生の私が、玄関の外で聴いた「チーン」という生まれて初めての空耳ですが、あの音は退行催眠中に施術士が鳴らしていたハンド・ベルとそっくりの音でした。と言うか、21世紀のハンド・ベルの音を昭和30年代に本当に聴いたのだと思います。

 そのベルの音は、とても高く透きとおった音で余韻が長く続きます。ほかでは、聞いた事がない音です。それ故に、同じ音だったと思えるのです。小学生のあの時、青い靴事件とこの空耳は全く関係がないと思っていましたが、いま考えれば同系列の事象ですね。

 すこし考察を進めます。小学生の私が「チーン」という音を聴いた時ですが、頭の中にはもう大人の意識はありません。遊びに行く事しか考えていない小学生の意識だけです。「チーン」というその音は、別の(大人の)意識を通じてではなく、自分の耳に直接はっきり聞こえていました。その大人の私の"意識"はもう幼稚園時代へ移動していました。そして大人の私の"身体"は平成20年の長椅子の上で、その「チーン」という音をはっきりと聴いていました。つまり、ひとつの音を未来と過去で(同時?に)聴いたのです。

ちなみに残りの2つの幼稚園児時代と中学生時代では、このハンド・ベルの音は全く聴こえていませんでした。その理由も、分かりません。

退行催眠

 私は(おそらく誰もが)退行催眠中に見えたり聞こえたりするシーンは、たとえ覚えていなくても潜在意識などに蓄えられた記憶を引き出している、と思っていました。

 そして、ネットや書物などに記載されている説明でも「表面意識に記憶等がなくて忘れていても、潜在意識には残っているので思い出すことができる」と書いてあります。とても詳細に過去を体験できる…1回しか訪れた事のない部屋に張ってあったポスターの電話番号ですら見える…と。そう書いてありました。本当でしょうか?

   今の私は、その被験者達も意識のタイムトラベルをした可能性が高いと考えています(第1部・完)。

〔注1〕こちらのサイトの他者のコメントを読むと、この現象は「タイムリープ」と書かれてる。ただし私がこれらを体験した昭和30年〜40年代の日本には、そんな単語も概念も無かった。それ故、私があの当時に考えた通りの表現「タイムトラベル」を敢えて使用します。

夢の実現を引き寄せる最短ルート

・ということは、催眠術で年齢退行をすることによって、タイムトラベルができるかもしれないということですね?私もかけてもらおうかな?

恵理さん(2018年2月2日)

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