マンデラ効果の実例(14)

当サイトで最も人気を集めている話題「マンデラ効果」の第14弾をお届けします!

1.太陽の色が変わった?

あなたは、子供のころお絵描きをした時、お日様を何色で塗りましたか? ほとんどの子は黄色で塗ったはずです。これは日本に限ったことではなく、世界中の子供たちが太陽を黄色で塗っていたようです。ところが、昨今の太陽や日光の色は黄ではなく白に見えるので、多くの人々が首をかしげています。

それだけでなく、昔に比べて日差しが非常に強くなったと主張する人々もいます。夏に日本が酷暑に見舞われるようになったのは、ひょっとしてマンデラ効果? 昔はこれほど暑くなく、扇風機だけで十分にしのげたのではないでしょうか? ある時点で急に猛暑になったのでは? それともこの猛烈な暑さは地球の温暖化が原因なのでしょうか?

あなたは太陽が黄色だったころのことを覚えていますか?

2.『ボーン・イン・ザ・U.S.A.』のアルバムカバー

アメリカのロック界を代表する重鎮として世界的な知名度を誇るブルース・スプリングスティーン。彼が1984年にリリースしたアルバム『ボーン・イン・ザ・U.S.A.』はビルボードヒットチャートで全米第1位を獲得、84週連続トップ10入りを果たしました。

このアルバムのカバーは、スプリングスティーンがアメリカ国旗の前で後ろ向きに立ったものとなっています。ジーンズのポケットには赤の野球帽が突っ込まれています。でも、非常に多くの人が、「ポケットに突っ込まれていたのは野球帽ではなく、バンダナだった」と主張しています。かくいう筆者も、バンダナがポケットから垂れていたことをハッキリ覚えています。上の画像は違和感ありまくり〜!

しかも、彼の自伝にはこんな記述があります。「白いTシャツとブルージーンズを身に着け、アメリカ国旗の前に立っている。後ポケットには赤のバンダナが突っ込まれている」!

ボーン・イン・ザ・U.S.A(REMASTER)

ボーン・トゥ・ラン 上: ブルース・スプリングスティーン自伝 | ボーン・トゥ・ラン 下: ブルース・スプリングスティーン自伝

3.真珠湾攻撃の詳細が1937年にアメリカの新聞に掲載されていた

1941年12月7日(ハワイ時間)、米ハワイのオアフ島・真珠湾にあったアメリカ海軍の太平洋艦隊と基地に対して、日本海軍が航空機および潜航艇によって攻撃を行いました。

しかし、この攻撃が行われる4年前に、アメリカの全国紙に攻撃を予測する記事が掲載されたことをご存知でしたか? 1937年11月7日付け『ロサンゼルス・エグザミナー』には、日本軍のアメリカ攻撃を予想する記事が図を使って詳細に解説されています。しかもこの記事は真珠湾に言及し、その重要性を指摘しています!

記事が掲載されたのが11月7日で、真珠湾攻撃が行われた12月7日からちょうど一か月前であることも、奇妙な因縁を感じます。

4.スティーヴン・ホーキングはノーベル賞を受賞した?

イギリスの理論物理学者、スティーヴン・ホーキングは、一般相対性理論の分野で理論的研究を発展させ、1963年にブラックホールの特異点定理を発表し世界的に有名になりました。1974年には「ブラックホールは素粒子を放出することによってその勢力を弱め、やがて爆発により消滅する」とする理論を発表、この理論は博士の名前をとって「ホーキング放射」と名付けられました。彼は2018年3月14日に76歳で生涯を閉じました。

ホーキング博士はアルベルト・アインシュタイン賞、王立天文学会ゴールドメダルなど、数多くの賞を受賞したのですが、ノーベル賞はその中に含まれていません。しかし、2010年ごろに彼がノーベル賞を受賞したことを覚えていると主張する人々がいます。テレビで授賞式の模様を見たという人も。その際、彼はコンピューターによる合成音声を利用してスピーチを行ったといいます。

あなたは博士がノーベル賞を受賞した記憶を持っていますか?

ホーキング、宇宙を語る―ビッグバンからブラックホールまで (ハヤカワ文庫NF)

5.1899年に時速100qを達成した車は電気自動車だった!

史上初めて時速100qを超えた車が1899年に試験走行され、しかもその車は電気自動車だったと言われたら、「冗談もほどほどにしろ」と思うのではないでしょうか。

しかし、それは事実なのです。この年、仏パリの近くに位置するイヴリーヌ県・アシェールという名の町で電気自動車が時速 105.882km を達成しました。

運転したのは、ゴム製品で財を成したベルギー人の大立者の息子、カミーユ・ジュナツィ。この車は少しでも速く走るようにと弾丸の形にデザインされました。新幹線と同じような発想ですね。

彼はこの車を「絶対に満足しない」と名付けました! この奇妙な名前には「いくら速く走っても、速すぎるということがない」という含みがあったのだと思われます。ジュナツィ氏はスピード狂だったようです。

これほど画期的なできごとがなぜもっと世に知れ渡っていないのでしょう? これもどこからともなく突然出現したマンデラ効果の一例なのでしょうか?

夢の実現を引き寄せる最短ルート

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