エットーレ・マヨラナ(1906年8月5日 - おそらく1959年以降に死亡)はイタリアの理論物理学者。ニュートリノ質量の研究を行った。2012年4月、マヨラナが予測したことのいくつかがハイブリッド半導体、超伝導体ワイヤデバイスに関する実験で確認された可能性がある。これらの実験はもしかすると量子コンピュータ構築の助けになるかもしれない。

天才物理学者が突然行方不明になった。自作のタイムマシンによって未来に逃亡したのか?

シチリア島のカターニアで生を受けたマヨラナは、数学の才能に恵まれ、非常に若くしてローマのエンリコ・フェルミ(イタリアの物理学者。1938年にノーベル物理学賞を受賞。クロノバイザーの開発に関わったとされている)のチームに参加した。


エンリコ・フェルミ

フェルミはマヨラナについて下記のように語り、高く評価している。

「世界の科学者はいくつかの部類に分かれる。最善を尽くすものの大した業績をあげられず、2番目、3番目にランクされる者。科学的進歩の基礎となる重要な発見をして第一級に格付けされる者。さらにその上をいくのがガリレイやニュートンなどの天才である。マヨラナはそんな天才の一人だった。」

彗星のごとく科学界に現れ、将来を嘱望されていた天才マヨラナは32歳の時に突然失踪した。1938年3月25日、パレルモ(シチリア島の都市)からナポリに向かう船旅の間に行方不明となり、その後の消息は不明。冒頭に載せた画像は行方不明になった船上で撮影されたものである。

失踪した日にマヨラナは下記の手紙をナポリ物理学研究所所長のアントニオ・カレッリに送った。

親愛なるカレッリへ

私はやむを得ない決断を下しました。これは決して身勝手な行動ではありません。しかし、私の突然の失踪によって貴殿や生徒たちに多大なるご迷惑がかかることを認識しております。そして何よりも、あなたがこれまで私に示してくださった信頼、心からの友情、そして思いやりを裏切ってしまったことを深謝いたします。」

貴殿の研究所で知り合った皆様方、とりわけシュウティさんに、どうぞよろしくとお伝えください。私もまた、少なくとも今夜の11時までは(ひょっとしたらその後も)懐かしい思い出を心にとどめておきたいと思います。

エットーレ・マヨラナ

マヨラナの失踪は世界中の新聞に取り上げられ、自殺説、南米への逃亡説、マフィアによる暗殺説、僧院への逃亡説など、様々な説がささやかれた。中でもとっぴな説は、マヨラナがタイムマシンを作り、別の時代に逃走したというものであった。

かくして未解決のまま時が過ぎていったが、2011年3月に新たな進展があった。第二次大戦後にブエノスアイレスでマヨラナに会ったと主張する男が現れたのだ。この男、フランシス・マサーニの証言や証拠品を調査した結果がローマの弁護士事務所によって発表された。

2011年6月、イタリアのメディアは、1955年にアルゼンチンでマサーニによって撮影された男の写真を分析し、マヨラナの顔と10の類似点があると発表した。

2015年2月4日、ローマの弁護士事務所は、マヨラナが1955年から1959年までベネズエラのバレンシアで生活していたという声明を発表し、世界中を騒がせた失踪事件はこれをもって一件落着となった。

だが奇妙な点がある。1955年に撮影された写真と、それよりも30年前に撮影された写真を比較すると、少しも年をとっていないように見えるということだ。マサーニによると、この男は自分自身を「ミスター・ビニ」と名乗り、写真撮影を頑なに拒否したという。唯一の例外がこの一枚であった。マサーニが二度目の会見を試みた時、「ミスター・ビニ」は姿をくらまし、二度と会うことはできなかった。

卓越した物理学者、マヨラナはタイムマシンを発明して未来に逃亡し、見つかることを恐れて写真撮影を拒んだのだろうか? それとも「ミスター・ビニ」はマヨラナに生き写しの赤の他人だったのか? 若さを長く保てる体質だったのか? 明確な答えは分からないが、ノーベル物理学賞を受賞したエンリコ・フェルミが下記の意味深な言葉を残していることは事実である。

「エットーレは頭がよすぎた。彼が姿を消すことを決意したら、誰も見つけることはできないだろう。この時代であろうが、他の時代であろうがね。」

とっても不思議なカラー診断(無料)と
気になる不思議グッズがいっぱい!! いますぐクリック!

コメントをどうぞ

お名前

メール(省略可)

あなたのサイト(省略可)

コメント

Powered by CGI RESCUE®

時間にまつわる不思議体験をしたことがありますか? お話を聞かせてください!